思いついて三島の「春の雪」を文庫で読んだ。主人公・松枝清顕と聡子の宿命的な悲恋を、30年ぶりに読み返してみると、主人公の二人の心の有り様が一つ一つ心に染み入った。若いとき、そして壮年の今とでは、まったく感受の仕方が違うと、いまさらながらに思った。その三島が没したのは、45歳という若さであったと改めて確認し、その三島の年齢をこえた、今ここにある私を思って、なぜか落ち着かない気持ちになった。
遠い日、三島の自決を、取材中のタクシーの中で聴いた。はたして皇居前にかかったあたりであった。出版社の新人ほやほやだった私にそれは、衝撃だったけれど、学生運動の真っ只中の時代を過ごした当時の私は、三島の檄文、たとえば「文化防衛論」を好奇の目で、見つめるだけの青いサヨク青年だった。
その三島が没したと同じ45歳という歳に、私は小さな編集プロダクションを興した。三島は45歳にして彼なりの成就を果たし、われわれにかけがえのない作品という贈り物を残してくれたが、私は(比較するのもおこがましいことだが)、いまだにあてどのない旅の途中に、ふらふらしているばかりだ。
そんなおり、高円宮さまの訃報がとどいた。15年ほど前、高円宮妃久子さまへの雑誌インタビューをさせていただきたとき、高円宮邸でお目にかかっただけであったが、帰り際、それは優しいまなざしとお声をかけていただいたのを覚えている。その高円宮さまも47歳という若さであった。
人の一生、運命、ということを、想う時間が多くなった。ありていに言えば、歳を重ねた、というわけだ。編集という仕事にかかわって30年余。忙しさと、面白さと、出会いをエネルギーに、突っ走ってきた。が、いつかは、ピリオドを打つときが来るのだ。それは人間であれば誰にでも。老いてこそ人生と世間は言う。またそんな本ばかりが企画され、売れている。でも、晩年の孤独こそ、実はこの上ない個の私としての安息のときではないか、とこの頃私は思っている。
(S)
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