私の動物物語

ミニチュアダックスが家族の一員になった。まだ生後2ヶ月、かわいい盛りである。イヌは初めて。食事・ウンチの世話、ワクチン接種と毎日気ぜわしい。ネコの手を借りたいほどだが、その昔ネコを飼っていたこともある。アビシニアン、病弱短命で、悲しい思いをたくさんした。以来決してペットは飼うまいと心に固く決めていたが、ある日、子どもがハムスターがほしいと、瞳をウルウルさせながら言う。「ちゃんと面倒見ると約束できたらネ」とお決まりのセリフで容認したのが始まり。以来動物の絶えることのない我が家となってしまった。なに、子どもは親に約束したお世話などしない。勉強、部活、親を納得させる言い訳がどっさりある。結局、親が面倒見ることになる。

最盛期に15匹にまでなったハムちゃんファミリーが、めでたく大往生を遂げたころ、次に我が家にやってきたのはミニウサギだった。現在5歳と4歳、元気盛んな彼らの諸々のお世話は、目下の私の日課となっている。私はペットマニアでは決してない。感覚としては、子育ての延長。これも親の務めと、黙々とこなしているに過ぎない。とはいっても、食欲がないとやはり心配もする。毎日世話をするうちに、便の状態、動き、毛づやをみて、健康状態がわかるようになる。これもまた子育てと同じである。
ネコ、ハムスター、ウサギ、イヌ・・もちろんそれぞれに違うし、一匹一匹性格も異なる。でもペットとして生を受けた以上、人間に庇護されなければ生きられない弱い生命であるという点では、どれもが同じ。私は、わが子も含め、終わることのない親をずっと演じ続けているような気がする。とても犬語翻訳機「バウリンガル」をつけて、ワンちゃんとお友達になろう、なんてノリとは程遠い。

でも、そんなことを言いながらも、結構私は動物好きかもしれないとも思う。外国に行くと、時間が許せば、MAPを片手にその地の動物園を探す。作曲家の故団伊久磨さんがそうだった。直接そのお話を伺った縁で始まった習慣だが、ロンドン、フランクフルト、ニューヨーク、ホノルル、ブダペスト、台北・・この20数年、あちこちを訪れた。日本の動物園が、いかにも見世物小屋ライクなのに比べて、外国のそれは、展示の仕方(見せ方)が、とても工夫がしてある。フランクフルトでは目の前にサイがゆうゆうと闊歩している。見物側からは柵がみえないのだ。近づいてわかったが、サイと見物する人間との間に深い堀が掘ってあるのである。柵も、檻もないので、サファリで目の前にサイが現れたような迫力なのである。ハワイのワイキキのはずれにある動物園も自然な展示で、感動させられる。観光ガイドでPRされていないせいか、ハワイに行った日本人には、ほとんど知られていないのは残念。見物は暑いがぜひともおすすめしたい。
(S)