Get back!

2004年。新しい年が明けた。今年はオリンピックイヤー。高橋尚子が勝った前回オリンピックから、はや4年がたったわけである。そういえば東京オリンピックは1964年だから、あれから40年、もう半世紀近くになるのだ。アジアで開催された初めてのオリンピック。その時日本は高度成長の真っ只中にあり、まさに右肩上がりの活気あふれる時代だった。私は高校生で確かボクシングの会場に行った記憶がある。市川昆監督の東京オリンピックのムービーもその後校外授業の一貫で見に行った。100メートル走のスタートの瞬間の選手の躍動を捉えた五輪ポスターも話題になった。あの日々は私の記憶に鮮烈に今も焼きついている。

そんなよき時代も、70年代を前に、戦後の歯止めなき高度成長のほころびがあちこちで露呈し始める。公害、政治腐敗・・社会に深刻な問題が浮き彫りとなる。戦後のベビーブームの団塊の世代といわれた私たちは、そんな時代に大学へ社会へと巣立っていった。すぐにベトナム反戦運動の国際的な広がりの中で大学紛争が始まる。思想的に確立されないままに、ただ若さと社会へのフラストレーションの高まりに突き動かされて、多くの大学生が学生運動の渦に巻き込まれていった。しかし東大安田講堂の陥落、そして連合赤軍の浅間山荘事件を最後に、学生運動はわずか数年であっけなく終止符を打つ。
そんな激動から生み落とされた次の時代は、しばしの停滞は経たが、やがて再びあくなき経済成長路線を歩み始める。

旧ソ連の崩壊、世界経済のボーダレス化、そしてITの萌芽がそれに拍車をかける。経済至上主義つまり拝金主義は、世界至る所で新しい世界標準思想になる。80年代はそんな時代だった。やがてそれはバブルを生むほどの狂奔となる。勝ち組、負け組が明暗を分ける。アメリカがデリバティブを駆使する金融戦略で、あっという間に台頭する。危機感を感じた欧州は統合(やがて今日のEU)に走る。バブルの夢から覚めやらぬ日本は露骨な米の通貨政策に翻弄され、気がつけば、90年代に入って先進国で真っ先にバブルの崩壊を迎える。「失われた10年」という、日本経済の急降下が始まる。その間、政治も社会体制も、新しい時代への変革の絵図を描けぬまま停滞を続け、唯一の貸し手銀行には莫大な不良債権が、そして企業には返済不能な借金が残った。山一證券、拓銀、など日本を支えてきた一流企業があっけなく倒産し、次はどの会社かと噂される日々。この間政治、政策は迷走するばかりだった。国債を乱発し、あっという間に国にも国民一人当たり600万円余といわれる膨大な財政赤字が残った。

明日への明確な指針のないまま、国際貢献の名の下に、国連、ODA等に莫大なカネを流し続ける。そしてカネだけでなく、掛け声だけの国益、安全保障の下に、請われるままに自衛隊の海外派遣を決定する。一つ一つが、きちんと意味のある重要な事柄ながら、明確なビジョンのないままに、重要事項が決定されていく政治風土、それを許す国民。すべては、成り行き、そして場当たり的。

次のオリンピック年、2008年は、台頭著しい中国(北京)で行われる。はたして、この4年のうちに、わがニッポンは、世界はおろかアジアでも後塵を拝す国に成り下がっているのか、それとも、回復の兆し、希望をつかめているのか・・?

ふと昨夜聴いたビートルズの再編集版の「GET BACK」のメロディが頭によみがえる。ポールはその曲の中で絶叫する。Get back!Get back!〜原点に返れ!原点に返るんだよ!
(S)