| 派遣の代償 |
「とうとう」というか「予定通り」というか、自衛隊がイラクの地に立った。 当時の政府は、反発する気力もなくそれを受け入れた。むしろ天皇の戦争責任が問われることなく天皇制が維持されたことに安堵し、そのことで戦争責任の追及におびえていた政治家、軍人、軍閥、戦争を鼓舞した知識人の大半もわが身の安泰に胸をなでおろした。以来、つい昨日の戦争を忘れたかのようにスイッチを入れ替え、アメリカ型民主主義、自由主義の信奉者となり、戦後保守政治、言論の中核に横滑りしていった。原爆が投下され、国土は焼きつくされたが、結局敗戦の意味、多くの同胞を殺した軍部、体制への責任追及はあいまいなものなり、自由、平和主義といった抽象的だがはなはだ便利なスローガンが、長きに渡った戦争そして敗戦の屈辱の免罪符となり、その後勢いよく世をおおい、それは半世紀を超える今日にいたってもなお日本の国家のあり様を現す概念として形成された。 しかしこの後世界はその枠組みを刻々と変化させた。米ソ2大強国の狭間で日米安保条約のカサのもと驚異的な経済発展を遂げた日本だが、米ソ冷戦の崩壊で、これまでどおりアメリカの庇護のもとに平和主義の御旗さえかざしていればいい、お金を出していればいいというあいまいなスタンスで、世界にお茶を濁してはいられなくなった。平和と民族、国土、主権を、どうやって守っていくのか。テロもしかりだが、アメリカ一国でも統治できない世界の厳しい現実にさらされ、宗教、民族紛争の混迷、いまだ現存する北朝鮮のような全体主義国家を隣国にかかえる現実に直面し、日本の安全保障の危機は確実に今そこにある危機となってきたからである。今こそ、どうするのかが問われている。しかし、現実は半世紀も前に他国によって起草された憲法を、金科玉条のごとく戴くばかりで、未だ、自前の憲法を制定すべきという、澎湃とした声も上がっていない。国会で何が語られているかといえば、この半世紀、与党も野党も党利党略のもと、ただただ、憲法の拡大解釈をすることで、事態に対処しようとしているだけなのである。 今回の自衛隊派遣もイラク特措法という特別な法的処置を講じ、派遣への正当性を与党は与えている。しかし、憲法解釈からは明らかに大きな問題がある。本質的な議論をし、この国の行く末を示すのが国家の指導者の務めだが、アメリカとの同盟重視で決断した今回の派遣は、安全保障、憲法解釈の本質の議論を後回しにした、郵政民営化、道路公団民営化と同じレベルの、まさに小泉流のパフォーマンスである。世界は、自衛隊をイラクに送ったことを、明確な日本の新しいプレゼンスと見るだろう。人道支援、国際貢献の一環といくら政府が説明しても、イラク戦争においてもアメリカへの明確な支持を打ち出した日本が、今度は戦後統治のために軍隊をも送り込んだととらえるだろう。 派遣の代償は大きい。そして、それはめぐり巡って、日本の安全保障問題の今後をも決めるだろう。もうつぎはぎだらけの法解釈ではすまされないが、そこまで腹をくくった決定であるようにも思えないところにこの国の危うさ、安全保障への鈍感さを感ずる。成り行き、思いつきハプニング、といったやりきれない政治の軽さ。当初の圧倒的派遣反対の世論も、ここに来て、賛成反対が拮抗してきた。テレビに映る自衛官とその家族をワイドショーで見て、行く以上無事でと思う心情は理解できる。大衆もまたニュアンスでぶれ、浮遊する。さりとて自衛隊に死者がでれば、また世論は大きく動くことだろう。とまれ、政治家も大衆も確信のないままに、状況に一歩踏み出してしまった。 |