| 1リーグ制で始まる衰退 |
どうやら球界再編濃厚のようだ。10なのか8なのかは別として1リーグ制になる。最早そうならざるを得ない流れになっている。巨人―ダイエー、阪神―西武、が実現する。さてそうなったら日本シリーズはどうなるのか? Jリーグのように前後期2期制にして争うのか(かつてパリーグで導入したことがあった)、それとも今期のパのように、上位球団によるプレーオフ制になるのか?真夏の祭典オールスター戦はどうなるのか?まあ、メディアではないので、ああだこうだと言っていても仕方のないことだが。ただどう考えても、日本のプロ野球が曲がり角に来て、衰退の方向へと向き始めたことは確かだろう。「巨人・大鵬・玉子焼き」といわれた今は昔の全盛の頃から(若い人はこんな流行語知らないだろう)、いち早く大相撲がその座を落ち、玉子焼きも最早食卓に並ぶ日が少なくなった。とうとうプロ野球界にも、時代の影が忍び寄ってきたのである。 家族そろってテレビの前に集い、玉子焼きの夕ごはんを前に大相撲、プロ野球を観た、古きニッポンのよき時代の終焉と重なって見える。家族はそれぞれ一人一人に、そして多様になり、スポーツ、娯楽もさまざまにパーソナルに進化した新しい時代、野球人気も実はその奥底で家の土台のように侵食され風化劣化してきていたのである。考えてみれば、1リーグ制反対だの、これからどうなるのかと騒いでいるのは、一部の熱烈なファンを除いて、ほとんど結構な年配者たちである。それこそ「巨人・大鵬・玉子焼き」の時代に育ったオールド世代であり、ばりばりの長島世代。若い世代は政治の無党派層と似て案外頓着していないのである。これから生まれる1リーグ制はそんな若い世代にアピールすることが成功の第一条件だと思う。旧世代のファン層を意識した改革は、何をやっても批判されるのが落ちだ。 球界がこれから20年、50年の計で再出発するなら、若い人、将来のファンに、どうアピールしたら、球場に足を運び、プロ野球の虜になってもらえるかを真剣に考えるべきだろう。それは小手先の改革では決して果たせない。ビジョン、想いこそが問われているのだ。 残念ながら、現実は、老害とも思えるオーナーたちが、ビジネスと自らの覇権を争う場と化している。醜悪至極である。真の野球ファンであるかも疑わしい言動をメディアで見るにつけ、改革の行方には絶望せざるを得ないのである。日本のプロ野球界がかつての輝きを取り戻すことは永久にないと私は思う。今回の騒動の背景に、イチロー、松井らのスターの海外流出があるとも言われる。確かにそれはそうだが、我々は彼らのおかげでメジャーの野球というものを、格段に増えた中継のおかげで垣間見ることができた。それは同じ野球でも、わがニッポンのそれとは大きく異なることを知ったのである。選手の意識も、ひたむきさも、フォアザチームの姿勢も、取り巻くジャーナリズムも、ファンの意識も、フランチャイズの誇りも、野球というスポーツの楽しみ方も、本質的に違うのである。9.11に打ちひしがれているとき、勇気を持って大リーグが再開され、人々は再び変わらぬ日常と自信を取り戻した。アメリカの国技といわれた野球が、アメリカの文化、人々の心に深く根ざしたものであることが証明された象徴的な出来事だった。 視聴率競争のため、特定チームしか放映されない日本。アメリカでは、コミッショナー権限が強く、放映料はコミッショナーにいったん集められ各チームに再配分されるという。また、高額年俸選手を集めたチームにはペナルティーとして、差額をぜいたく税として供出させてもいる。アメリカ流のスポーツを公平に楽しむためのルールなのだ。 |