イーグルスが教えてくれたもの

10月31日。東京ドーム。イーグルス「FAREWELLコンサート」は美しいスライドギターで始まる名曲「Long Run」で幕を開けた。2曲目がライブで聴きたかった「New Kid In Town」。場内はもう総立ちである!表題通り、イーグルス最後のツアー。1部、2部の2部構成。1部では往年のヒット曲のオンパレード。2部ではアコースティックバージョンに比較的新しい年代の曲。アンコールはなんと6曲の大サービス。「Hotel California」そして、ラストは恐れ多くも平井堅がカバーして今ヒットしている「Desperado」(イーグルスのオリジナルであることも知らない連中が多いらしい、嗚呼!)。堂々3時間もの熱演。心から拍手喝さいしたい出来だった。

ギター小僧にとって、「ホテルカリフォルニア」のギタープレイ(特に最後の有名なツインギターの部分)は、永遠の目標だった(といってもボクたちの世代だが)。後年、タブ譜を見てもどうしても分からない部分をギター教室で習った。スムースではないが、何とか7、8割がた、それらしく弾けるようになったが、いまだに目標でもある。当たり前のことだが、イーグルスはライブでもメッチャうまい!アリーナ席は40代50代がやけに目立つ。僕の隣のおじさんはほとんど全曲一緒になって歌っていた。発音もなかなか、歌詞もしっかり覚えているところを見ると、やはり昔バンドで鳴らした口に違いない。

堪能した3時間だったが、会場を出ると、心地よい余韻と共にやがていつものように一抹の寂しさが私を襲う。懐かしの名曲を聴き心の底から感動したが、その感動はイーグルスと共にあった頃への郷愁が交じりあい、混沌としている。感動している自分と、どこかにそれを冷静に見ている自分がいる。僕も(観客も)年を重ねた。イーグルスに感動した若きあの頃を身体とハートが鮮烈に記憶しているからこそ、今とのギャップに気づき、かすかにだが乗り切れていない自分を自覚するのである。

何もそこまで神経質に思い込まなくてもとも思うが、本当に好きなバンドだったからこそそう感じるのだろう。もしビートルズが現存していたら、きっと同じ感慨を持つに違いない。不幸にも早くにピリオドを打ったビートルズだが、(不謹慎な話になるが)そのために、心の中にビートルズはあの日のままに、今も色あせることなく宿っている。昔夢中になったバンドのコンサートにすんなり足が向かないのは、こんな理由からだ。イーグルスも行くかどうか迷った。しかし、これが見納めとだとすると、彼らに是非会いたかった。素晴らしい音楽を本当に有難うと言いたかった。事実、3時間もの熱演にまた一歩成熟した彼らを見ることができた。それは新しい感動でもあった。

ここまで書いてきて、突然、気がつく!
「そうだ、この日も、やがて遠い記憶の出来事になるんじゃないか」。ボクが70歳80歳になったとき、イーグルスの思い出にこの日が加わる。きっとその頃には、若き日の記憶との違いもなくなり、イーグルスの思い出はより厚みのある豊穣なものとなり、ボクの人生を豊かなものにしてくれるはずだ。バンドは解散休止しても、ボクとイーグルスとの思い出にFAREWELLはこない。人生はピリオドを打つ日まで、ずっと続くのだから。
少し感傷的に、そして人生に消極的になっているこの頃の自分に気づく。「オイ、頑張れよ」とぼくはそんな自分に声をかけた。
(S)