| 2006年が明けて |
| オフィスのブラインドからこぼれる日差しが柔らかい。外は冷え切っているのに初春の匂いを感ずるのは、新しい年の頁が繰られたからだろうか。 ことしはどんな年になるのか。かつてなら疑いなく思いめぐらせたそんな感慨も、年々と薄れていく。世に起こる出来事は確かに多事多彩だが、事の本質はその現象の底に変わりなくゆっくりと横たわっている。見るべきはそれなのだと気付いてから、日常の営為、取り巻く出来事に自然体で相対できるようになった。しかしそれは成熟とも達観とも違う。本質と見えたものは未だ霞の中にある繭のごとく。辿り着くのは容易ではない。 年末年始は仕事柄テレビを見て過ごすことが常。しかし今年は体調を崩しそれも叶わなかった。伏せった床でかろうじてラジオで正月気分を味わう羽目となった。 そんな中、元旦の深夜(2日午前1時〜4時)のTBSラジオ「鴻上尚史と磯山さやかの“耳で聴く戦後史”」という特番が拾い物だった。今は記憶に遠くなった事件の貴重な音声記録を聞きながら戦後を見てやろうという企画だ。降伏を告げる昭和天皇の「玉音放送」、アメリカのビキニ沖の水爆実験での「第五福竜丸の被爆」、焼津に帰港した乗組員の被爆の状況を伝える当時の医師の声。実はもっと多くの船舶が被爆していてそれが隠されていたという事実を知る。行ってみたらこの世の楽園どころか地獄であったことが後に判明する「北朝鮮への在日朝鮮人と日本人妻たちの帰還運動」、出港を前に嬉々と喜びを語る関係者の音声が今となっては痛々しい。60年安保騒乱で死者も出たデモ。デモ隊と右翼との激突。それを見ながら止めに入らない警察に憤る参加者の興奮の声。一連のオウム事件の緒となった「松本サリン事件」、事件当初犯人と決め付けられた河野さんに予断を持って問い詰めるインタビュー音声。その後オウムの犯罪と判明し冤罪事件となったが、警察マスコミのあり方が問われた事件だった。早朝のラジオ番組中に第一報が入った「阪神淡路大震災」。第一報では震度5の地震が関西であったという程度のものだったが、「番組の途中ですが・・」と言って第一報を伝えるDJの口調に当然その後の悲惨を予見する気配もなく、その後を知ってしまった私たちには聴くのもつらい放送記録だった。 よくも集めた!と感嘆すべきこんな貴重な事件報道が朝まで音声で次々と流れる(スタッフに敬意!)。フォーク全盛時代の懐かしの楽曲のブレイクもあったりして充実の3時間だった。映像では見過ごしてしまうような事故事件を、ラジオの音声だけで聴くという試みも新鮮だった。鴻池尚史(演出家・作家)のテンポの良い司会進行も良かったが、彼が番組中に褒めていたようにただのグラビアアイドルと思っていた、昭和をほとんど知らない世代の代表の磯山さやかが、てらいのない的確なコメントを発していたことに驚いた(見直しました!)。 さらに番組を興味深いものにしたのはゲストの力だろう。朝まで生テレビでもおなじみの今もっとも気鋭の言論人でもある姜尚中(カン・サイジュン 東大教授)と、ドキュメンタリー映画監督森達也の2氏だ。事件の背景とその時代を、それぞれの観点から鮮やかに解説して見せた。特に私は姜尚中の著作の愛読者でもあり、氏が事件をどう読み取るのかを楽しみに聴かせてもらった。 一つ一つの事象はそれぞれにおいて衝撃的だった。それらは昭和から平成へと続く、いわゆる戦後を“象徴”する道標となった。 これら事象を通して、その底に連なる日本社会の本質をこそ、読み取らねばならないだろう。新しい年も、その歴史の流れに浮かび連なる事象であればこそ。(S) |