(続)ホリエモン騒動を観て
 近鉄バッファローズ買収騒ぎから始まって、ニッポン放送株の買収、衆院選出馬、流行語大賞、細木数子の特番出演、自家用ジェットの公開と、休むことなく世間を、マスコミを騒がせてきたホリエモンが、どうやらヤバイ状況に陥った。ヒューザー、姉歯、平成設計、総研、木村設計、と役者も揃った耐震構造偽装疑惑事件も吹っ飛ぶ勢い。テレビは格好のネタを得て、ヒートアップだ。

 ライブドアの危うさ、怪しさは、本コラム(2005年4月)で既に述べているから、重ねて触れない。そのときの感想通りである。今回の事件に蜂の巣をつついたように世間は驚いているが、冷静に見ていれば当の昔にそれは分かったはずだ。ライブドア株を買っているのは個人株主。プロの投資家はほとんど手を出していないという一事を取ってみてもそれは分かる。プロははなから信用していなかったのである。結局、ライブドアの株高を支えたのはマネーブームに煽られたおびただしい数の個人投資家であり、虚像の王国の崩壊と共にすべてを失うのも彼等なのだ。

 かつてソフトバンクも市場からは虚業と警戒されていた。強引な買収を繰り返し時価総額極大化に突っ走って、市場からも常に黄信号を流されていたが、ブロードバンドへの投資や、ヤフーの貢献などもあって、ようやくエスタブリッシュメントの仲間入りを果たした。ライブドアを見ていると草々の頃のソフトバンクの歴史に重なって見えるが、ライブドアはついに第2のソフトバンクに成れぬまま、退場となりそうだ。

 危うい男を選挙に利用しようとした政党も、いつものことだが定見がない。ホリエモンの商品価値のおかげで当時の自民党は得をした。今批判にさらされているが、選挙結果(獲得議席)は元に戻らない。やがて事件は沈静化する。じっと耐えていれば結局自民党は得をしたことに変わりないのだ。

 賛成か反対かと、物事を単純化していきり立ってみせる小泉流のパフォーマンス政治と、古い経営か新しい経営かというホリエモンのパフォーマンスがダブって見えるのは私だけの錯覚だろうか。バブル崩壊後、長期に続いた不況に人々の思考停止状態が続いた。確かにそんな閉塞状況を華々しく打ち破ったのはカンフル剤としての小泉劇場であり、堀江劇場だった。「踊った」のは、われわれ大衆だった。報道される嫌疑が事実なら、踊る株主大衆はホリエモンの粉飾、株式分割のマジックで、まんまとお金を収奪されたのである。小泉劇場に似た無条件の是認の恐ろしさがここにある。幕はいつか必ず下りるのだ。

 日本中が、いつも右往左往している。メディアの意見も日々豹変する。それにつれて世論も豹変して皆すまし顔だ。経済についても、つい最近まで時価総額経営、株主至上主義こそ会社経営の目的と言っていた学者、評論家、経済人が、この事件を堺に、企業の社会性うんぬんの講釈をたれている。厚顔である。アメリカの経営、価値基準に、政治も経済界も学者も盲従してきた結果が今日の有り様を招いているのではないのか。専門家でもその有り様だから、この先くれぐれも用心したほうがいい。

 藤原正彦氏の「国家の品格」(新潮新書)でも読んで、もう一度、自分なり会社なりこの国なりを冷静に見つめる時間が、今の我々には必要だろう。(S)