| 「SAYURI」は大人たちに贈る寓話 |
| 今年、ボクの星座「さそり座」は10年に一度の大幸運期らしい。散々だったここ2、3年を知る友人の占い師からメールで激励された。今売り出し中の占星術師鏡リュウジ氏もテレビ、ラジオでそう言っていたから、暗示に弱いボクとしてはなんとなく頑張ってみるか、という気分になっている今日この頃なのである。でもホリエモンを今年は益々良くなるとべた褒めして大恥かいた細木和子女史の例もあるし。占いは人生の癒しのツール、当たるも八卦当たらぬも八卦程度に、余計な欲はかかないでおかないと、ね。
ところが、早々に占いのご利益かしらん、という幸運がひょんなことでもたらされた。映画「SAYURI」との出会いである。正直にコクってしまえば、大の大人が久しぶりに感動してしまった。 映画好きなボクだが、これまでこの手の映画は先入観も手伝ってまず見なかった。外国人が描くニッポン像はいつも過大な幻想と錯誤、アナクロリズム、ステレオタイプな捉え方が常である。皆さんご存知のとおり、外国映画に登場する日本人(あるいはそれらしき人々)は、ときには中国人と混同されていたり、ゲイシャ、フジヤマ、あるいはパールハーバーの軍国主義者、あるいはエコノミックアニマルのセールスマンであったりと、相場が決まっていた。この映画に対しても同様の批判をずいぶんと目にした。渡辺純一(作家)氏は「本当の芸者、祇園はこれと違う、日本文化を取り違えたトンデモ映画だ」とのコラムを寄せていた。中国ではなぜか上映中止にもなった。日本のゲイシャガールに、中国人女優が主演し、日本の男に恋する姿が耐えられないのだろう、多分。 もし見なかったら、ボクもそんな話ですませていたかもしれない。しかし、ひょんなことで見てしまったのだ。そして、「SAYURI」は、そんな批判とは別次元の、男と女を描いた素晴らしい「寓話」であることを知ったのである。 舞台は戦前。羽振りを利かす軍人や政商たち、その権力と富を集めて咲く都の花街、そこの象徴として輝く芸者たち。話は貧しい農村から身売りされてきた少女が、幾多の苦難、裏切り、競争に堪えながら、やがて花街一の芸者に上り詰め、戦争の中断を経てついに想いを寄せていた人との恋が成就されるまでを描いた映画だ。京都の祇園らしき設定でもあるが、映画ではあくまで仮想の場所だ。確かに厳密に言えば、いろいろとそれは違うよ、という話はある。祇園をよく知る人には、実際を知っているだけに違和感を覚えるだろうということは良く理解できる。しかし、この映画の本質は、ある映画評も語っていたように、一人の少女が経験してきた、あたかも竜宮城のような世界での寓話、ファンタジイとして見れば、全く新しい視点でこの映画が楽しめるとボクは思う。史実や、リアリティを問う映画もあるが、映画は本来フィクションとしての芸術。であるとすればこれはゲイシャガールを描きながらも芸者そのものを描いたストーリーではなく、女性を描ききった映画であり、反面としての男も描いた映画、男と女との愛、という普遍的なテーマを、この時代、花街、ゲイシャという舞台設定を借りて、描いたものだと言えると思うのだ。 シナリオ、映像、役者、これらの力が貧弱であれば、ものの見事に底の浅いアナクロ映画に終わっていたかも知れない。しかし、さすがに製作S・スピルバーグ、「シカゴ」のオスカー監督ロブ・マーシャル、ジョン・ウイリアムスの音楽、そしてヨー・ヨー・マ。ハリウッドらしい骨太の大作となっている。 さて、ここからは、私の独断的賛辞であるから、お気に召さぬ方には失礼! まず、シナリオ、演出、カメラの素晴らしさは言うまでもないが、とりわけ俳優人が素晴らしい。個々の力量もそうだが、キャスティングがぴったり(それだけ俳優が見事にその役を演じたということになるのだが)。主役SAYURIを演じるのは「LOVERS」のチャン・ツィイー、決して美人ではないが、このあふれ出る魅力はナンだろうか。日本人以上に芸者を自分のものにして素晴らしい! SAYURIの少女時代を演じたのが、まだ11歳という日本人、大後寿々花。学校で英語も習っていないだろうに英語のセリフを見事にこなしている。そして演技が素晴らしい。粗末な服をまとう花街の下働きという境遇にあっても秘めた美しさと水のように深い瞳を持つ少女、継母にいじめられたシンデレラのような少女役を、全身で演じ心を打つ。この歳でハリウッドの大作に出演できたとは何たる幸運だろうか。渡辺謙も絶賛するその演技力は、将来を考えると空恐ろしいほどである。 SAYURIと激しく競うライバルの芸者「初桃」に、中国を代表する大女優コン・リー。女の情念、儚さを体当たりで演ずる。そしてSAYURIを支えるもう一人の芸者「豆葉」に「グリーン・デスティニー」のミッシェル・ヨー。3人とも日本人ではないのに、立ち居ふるまい、着物姿に目を奪われる。 芸者置屋のおかみに桃井かおり。ハリウッド映画にあっても桃井かおりは桃井かおりの演技だった。その意味で堂々の存在感。ハリウッド映画の常連になった工藤夕貴の達者さ。男優人は顔に瑕を持つ屈折した男に役所広司。SAYURIを自分のものにしようとしてついに叶わない男の稚拙さと悲劇を演じて熱演。そして、SAYURIの永遠の人「会長」を演ずる渡辺謙の安定感。これら登場人物が綾なす物語が流れるような映像と演出で展開される。見終わって、ずしりと堪能している自分を感じた。 たくさんの才能がぶつかり溶け合ったとき、奇跡が生まれる。いやあ、映画って本当に素晴らしい。おとなの寓話、ファンタジイをこってり味わった3時間だった。 ☆☆☆☆☆・・・よろしかったらご覧あれ(S) |