愛ルケ、見た?

 水道橋駅近く、白山通り沿いにある旭屋書店という大きめの書店。この界隈は大学や高校、専門学校の街でもあり、店内は若い人で賑わっている。そこでこんな光景を目撃した。入り口近くで、コート姿の可愛い高校生の女の子が何やらもう1人の友人の袖を引っ張って、とある書籍を指差している。誘われた友人はその本を見てニヤニヤ。ひとしきり、2人して本をぺらぺらとめくり覗き込んでいたが、やがて店の外へ行ってしまった。編集者の習性で、何気に気になってそのコーナーに近づき彼女たちが手にしていた本を見た。入り口の一等地の平台の角に平積みされたその本は「愛の流刑地」だった。
 また「愛ルケ」か・・ため息が出た。と言うのは、2週間ほど前、娘から「今日、△×子から“愛ルケ”見に行こうかって誘われちゃった」っていう話を聞いていたからである。愛ルケと略して語るほど彼女等にとっておなじみというわけである。これもよく考えると驚きだ。もちろん「何考えてんの、高校生が“愛ルケ”かよ」とあきれてそう返したが、娘と同じ女子高生が興味を隠さずにその本を手に取るのを見て、今どきそういうことになってるんだ〜と、変に納得させられてしまった。

 映画の原作となった渡辺淳一の小説は日本経済新聞に連載されていた。会社で日経をとっているので、連載中読むとはなしに眺めてはいた。初老に差しかかった小説家と、夫も子もある女性の、不倫というより、男と女の性愛の物語である。つまりは渡辺文学の定番、他の著作もそうだが、男の目を通じて描かれた「女」が主題である。ストーリーはさして重要ではない、愛、そして性とは女にとって(男にとって)こういうものだ、という男の側から見た考え、幻想を描いていると言っていいだろう。もちろんそれは作者の考える女性観、恋愛観、性愛観であり、早い話、男にとって女はこうあってほしいという氏の願望でもあるだろう。氏の熱心な愛読者ではないので感想めいたことは、これ以上深入りはしないが、男と女という、確実な一つの「答え」のない世界が(いい大人のワタクシにして未だ分からない世界を)、高校生に分かるはずはない(と思う)。しかし・・そうだった!「愛ルケ」の主題歌を歌っているのは若者に人気の平井堅だった(「♪おねがい、私を壊して・・」なんて歌詞!)。公開前から、ラジオはもちろんテレビCFでも頻繁に流れていた。渡辺淳一を知らないし読んだ事がなくても、否が応でもイメージはかきたてられる。まだオトナの入り口にある高校生であっても、すぐそこにある大人の世界を感じて、のぞいてみたいと素直に思ったりするのは理解できる。
 今日日メディアの影響の恐ろしさよ、である。

 もしこの映画を見てみたいと思う男の子がいたとしたら、同性としてその気持ちはよく分かる。10代半ば過ぎという年齢である、単純に主人公男女の話題の過激なシーンを見てみたい、それだけだろう。でも待てよ?案外、ひょっとして、この年頃の女の子も、似たようなものなのかも・・?
 映画を見た女子高生に聞くチャンスがあったとしたら聞いてみたい。中年の男と女が織り成す愛の成就の形が、彼女等には果たしてどう映ったのかと。(S)