王子が誕生した一戦

 ハンカチ王子こと斎藤投手の不敗神話が途切れた。日米大学野球選手権の最終戦で土がついた。本人はもちろんがっかりはしているだろうが、内心ホッとしているのではないだろうか。すでにアメリカに勝ち越し最終戦は消化試合だった。大事な第3戦で勝利投手になっているし大勢に影響はない。ある意味、雌雄を決するここ一番ではなく消化試合で敗戦したことが、また斎藤君の運を感じてしまうのである。いつかは負ける。でもそのダメージは小さい方がいい。  

斎藤投手を初めて見たのは、昨年夏の西東京大会決勝の試合だった。3チャンネルが実況中継していた。相手は日大三高。試合は手に汗を握る好試合で延長に入り、11回、早実が競り勝った。その結果甲子園出場を果たし、その勢いで全国も制覇してしまった。この試合、どちらが勝ってもおかしくなかった。二転三転、日大三高に勝利の女神がほほ笑みかけた場面が何度もあった。しかし、最期は早実に軍配が上がった。勝利の立役者は斎藤君である。高校生離れしたというか、大人の投球術でここぞと言う場面でのピンチをしのいだ。なんて頭のいいピッチャーなんだ、と感心したものだ。トレードマークにもなっている端正な顔立ちはピンチにもまるで動じていなかった。

歴史に、もし・・は禁句だが、言わせてもらう。もし、このゲームで日大三高が勝ったら、その後の斎藤君はどうなっていただろうか。たぶん、早稲田へ進学し野球部へ入部したろうが、レギュラーを獲得するのにはそれ相応の時間がかかっただろう。もちろん王子騒ぎもまたなかったろう。その意味で、本当に、彼にとってその後の人生を決めた一戦は、再試合までもつれ込んだ駒大苫小牧との甲子園での決勝戦ではなく、この西東京大会の決勝の試合だったに違いない。

私は思うのだ。僅かの差で勝利の女神がほほ笑まなかった日大三高のメンバーの胸に、今去来するものはなんだろうかと。日大三高のピッチャーも好投手だった。だが、全く人々の記憶には留まらない。勝負の世界には勝ち負けに厳然とした結末がある。しかし事の結果とは別に、勝者のドラマの影に敗者のドラマがまたあるのも確かである。私は、その試合をこれからも胸に留めながら、あの時の日大三高の選手たちを忘れないだろう。そして勝者となった斎藤投手のこれからもながめていきたいと思うのだ。(S)